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勝又拓哉さんは無実です
今市事件の特徴は、①勝又さんの犯行を裏付ける物的証拠がない、②有罪を支える証拠は「自白」と「状況証拠」だけということです。
「自白」では、
①被害者の両手両足をガムテープで縛った状態で立たせ、被害者の右肩を左手でつかみ、正面から右手で一気に10回刺した、5回くらい刺した時、被害者は崩れ膝立ちになったが、刺し続けた、
②その後被害者を投げ捨てた、③凶器や軍手などを帰る途中で捨てた、とされています。
しかしこの犯行態様は、被害者の刺創や現場の状況と矛盾します。
自白では、被害者は5回刺されたあと、立った状態から膝立ちになり、もう5回刺されたことになっています。他方、勝又さんは、同じ姿勢で胸を10回刺しているのだから、刺し傷の角度は最初の5回と後の5回で変わるはずであるが、ほぼ同じ角度で刺されたあとしか残っていません。被害者は肩をつかまれているはずであるのに、つかまれた跡であるアザはありません。
また、司法解剖を担当した教授によると、寝かされた状態で真上から刺されたと仮定すると、刺し傷の形状に良く符号すると述べています。
「自白」どおり、立った状態で被害者を刺した場合、下の方(足の方)に流れた血痕があるはずです。しかし遺体には、身体の上方や左右に流れる血痕はありましたが、下の方に流れる血痕はありませんでした。
これは寝かせた状況で刺したことを示すものです。
鑑定結果から、被害者の体から少なくとも1㍑の血液が流れ出たと考えられます。しかし、現場にある被害者の血痕は数滴で、弁護団の実験から地面に血が染み込んだ可能性がないことが明らかになりました。真犯人は、どこか別の場所で殺害して遺体を遺棄したと考えられます。
「自白」では、当初「強姦した」、その後、「被害者の陰部や胸を触った」「キスしたり、自分の陰茎を握らせ、射精した」と供述しています。しかし、被害者にはわいせつ行為を受けた痕跡はありません。「自白」通りであれば遺体に付着しているはずの勝又さんのDNA(精液、汗、唾液、皮膚片など)は検出されていません。
被害者の頭に貼り付いていた粘着テープから、勝又さんのDNAは検出されず、第三者のDNAが存在する可能性が出ています。
この鑑定について、一審では警察の科捜研の鑑定結果のみが法廷に提出されました。控訴審において弁護団は、鑑定過程のデータの一部エレクトロフェログラム(電気泳動図)のチャートを開示させました。驚くべきことにこのデータには、被害者、勝又さん、鑑定人のDNAとも違う第三者のDNAが検出されていたことが判明しました。弁護団は、粘着テープは真犯人がもっとも接触した可能性が高く、勝又さんが犯人ではないことを示しています。
加えて、一部報道では、裁判では提出されませんでしたが、遺棄現場で栃木ナンバーのワゴン車が目撃されていたり、遺棄現場で勝又さんのものと違う運動靴の足跡が採取されていたりなど、勝又さん以外の存在を示す証拠が報じられています。
「自白」には、真犯人しか知りえない「秘密の暴露」がありません。凶器を捨てた場所、血で汚れた手を洗った公園などは不明のままで、凶器や軍手、被害者を脅したとされるスタンガン、返り血をあびたという衣服なども発見されていません。
また、勝又さんの自白では、殺害後の着衣の処分について一切触れられておらず、もし、自白通りなら返り血を浴びた服で、茨城県常陸大宮市から栃木県鹿沼市までの3時間あまりを運転していたことになります。
勝又さんは別件逮捕後、6月までの約4ヶ月間、連日長時間の取り調べが続き、232時間に及んでいます。取調官は、否認する勝又さんをビンタして壁にぶつけたり、「殺したというまで寝かさない」「殺してごめんなさいと50回言え」と拷問まがいの取調べを行っています。その上、台湾生まれの勝又さんは、日本語が不得手で、他人とうまくコミュニケーションをとることが出来ませんでした。警察は、このような勝又さんの弱みにも付け込んで「自白」調書を作りあげたのです。
憲法38条では、強制、長期間拘禁された後の自白は証拠とすることができないと明記されています。勝又さんの自白は、強制された(任意性がない)ものであり、有罪の証拠にはなりません。
しかも、裁判で公開された「自白」の録画映像には、警察に心身共に痛めつけられて人格的に屈服させられ「自白」に至る過程は録画・録音されていません。一審判決が根拠とした録画映像は、捜査機関に都合のよい取調べ場面だけが録音・録画された不当なものです。
なお、控訴審の判決において取調べの録音録画映像で事実認定した違法性を指摘し、一審判決を破棄しています。
検察の後出しジャンケン、それを認める裁判所
東京高裁は、状況証拠が乏しいことに加え、勝又さんの自白の核心部分に信用性もないことが明らかになり、この矛盾を解消し有罪と認定するために、検察に起訴状記載の殺害日時と場所について訴因(審判の対象となる犯罪事実)の変更を促しました。また、高裁が、勝又さんの犯人性に固執するあまり、罪となるべき事実から「動機」もなくなりました。
刑事裁判にとって、何が罪となる事実なのかが審判の対象です。攻撃防御の対象を明確に特定することは被告人・弁護人の防御権、弁護権を保障するうえで大事な刑事裁判の原則です。しかも、控訴審の事実調べの終盤になっての訴因の変更は「あと出しジャンケン」もいいとこで、とても公正な裁判とは言えません。
高裁判決は、状況証拠を総合評価すれば勝又さんの犯行を認定できるとしました。その中でも、別件逮捕を利用した身柄拘束中、勝又さんが本件殺人事件を大友検事に「自白」させられた数日後に、母親に宛てた手紙を有罪の決め手と判断しました。
その手紙には、「自分で引き起こした事件」「めいわくをかけてしまい、本当にごめんなさい」などという内容が記載され、検察は状況証拠の一つとして有罪を主張しました。これに対して、弁護側は別件逮捕された商標法違反事件とも読め、本件犯行を示すものではなく、多義的に解釈できると反論しています。
一審判決は、「手紙の記載内容のみからでは「事件」が何を指すのかは必ずしも明白とはいえない」「この手紙の存在のみでは、被告人の犯人性を直接的に起訴付ける事情とはなり得ない」と、多義的に解釈できると判断しています。高裁の裁判官の勝手な思い込みだけで、無期懲役とされてはたまりません。
無実が明らかとなった足利事件の菅家さんが、最初に家族に宛てた手紙も、家族に無実を信じてほしいのか、事件を起こした謝罪の意味なのか多義的に解釈できます。高裁判決は、足利事件や過去の冤罪事件の教訓が全く生かされていません。
自白は信用できないが、やったのは間違いない
一審の宇都宮地裁(裁判員裁判)は、「状況証拠のみからは勝又さんの犯人性を認定できないが」、「自白」は「犯人でなければ語ることができない具体的、迫真性がある」として、無期懲役の有罪判決を言い渡しました。
二審の東京高裁では、弁護団が提出した法医学者の鑑定書や実験によれば、被害者の遺体にはわずかな血液しか残っておらず、少なくとも1㍑の血液が流れたのに、現場にある被害者の血痕は数滴であったことがわかりました。弁護団の実験から地面にしみ込んだ可能性も否定されました。また、遺体に残された創傷が自白の殺害態様と矛盾することも明らかにされました。
高裁判決は弁護団の反証にもとづき、殺害日時、場所、殺害態様の供述部分は信用できないと一審判決を破棄しました。東京高裁は、検察の有罪ストーリーが破綻した以上、無罪判決を言い渡すべきでした。
ところが、自白と客観的な事実との矛盾については「情状を良くするために虚構を作出した疑いは否定できない」とし、「一連の犯行を行った犯人であることを自認している点では信用できる」として、それを裏付ける証拠も示さず判断しました。
高裁判決は、これまでの冤罪事件の教訓を踏まえて判例が積み上げてきた自白の判断方法に反します。
勝又さんのDNA・指紋など一切検出されず
高裁判決は、状況証拠を総合評価すれば勝又さんの犯行を認定できると言います。しかし、勝又さんの無罪方向の状況証拠は総合評価に入れずに切り捨てています。有罪のストーリーにあう証拠だけを集め、不都合な証拠を排除しては正しい結論を導きだすことはできません。高裁の状況証拠の判断は、最高裁判例にも反するものです。
勝又さんの「自白」では、当初「強姦」した、その後、「被害者の陰部や胸を触った」「キスをしたり、自分の陰茎を握らせ、射精した」と供述しています。しかし、被害者にはわいせつされた痕跡はありません。「自白」の通りであれば、遺体の髪の毛の中から採取された粘着テープや遺体に付着しているはずの勝又さんのDNA(精液、汗、唾液、皮膚片など)は検出されていません。また、高裁段階で開示された鑑定データからは、捜査関係者でもない第三者のDNAが存在することなどが明らかになっています。
ところが高裁は、検察官の「DNAが汚染された可能性がある」という主張を鵜呑みにして、勝又さんの無罪を示す証拠を科学的な根拠もなく排斥しました。
今市事件とは、2005年12月1日、栃木県今市市(現:日光市)で発生した女子児童殺害および死体遺棄事件です。
被害にあった小学1年生女児は、下校途中に誘拐・拉致され、翌2日、自宅から約60km離れた茨城県常陸大宮市の山林から遺体で発見されました。
今市事件は、異常な状況であったことから、捜査が難航しました。
被害者は着衣がなく、胸を10回も刺されており、犯人の動機が見当つかず、凶器や遺留品が見つからず、有力な目撃情報もなく、証拠が隠滅された痕跡があるなど、事件を解決するための手がかりが非常に少ない状況でありました。
事件発生から8年後の2014年2月18日、迷宮入りと見られていた事態が急変します。
2014年1月29日、母親ともに偽ブランド品を所持販売していたという商標法違反容疑で逮捕されていた勝又拓哉さんが宇都宮地検の検事から今市事件についての取調べを受け、自白しました。
勝又さんはこの検事からの取調べについて、事件への関与について明確に否定したにもかかわらず、ファインダーでデスクを叩き、大声をあげるなど、一方的で高圧的な取調べが行われ、状況が理解できず、その場を逃れるため、調書にサインをしてしまったと述べています。
また、この時の取調べは、商標法違反容疑の取調べであったため、録音・録画がされていなかったことも裁判で明らかになりました。
宇都宮地検は、勝又さんを商標法違反で起訴しました。
同日の午後から商標法違反での拘留を利用して女児殺害事件で取り調べを開始しました。
2014年6月3日に殺人罪で逮捕されるまでの3ヶ月半の間、別件で拘留され、殺人についての取調べが行われました。
警察によって取調べを受けた際、録音や録画がされておらず、今となっては、その過程を確認することができない状況です。
勝又さんは、取り調べ期間中に担当刑事から暴力を受け、身体的に怪我をしたうえ、担当検事や刑事から暴言を浴びせられ続けたため、精神的に不安定になりました。
このような過酷な取り調べが殺人罪で逮捕される前に行われました。
2014年6月3日に栃木県警は、勝又さんを女児殺人容疑で逮捕しました。
同日からようやく警察・検察全ての取り調べにおいて録音・録画が行われるようになりました。
この期間の取調べは、自白の裏どり期間中に聴取した内容の確認が行われました。
そのため、無実を訴えていた場面や供述ができなかった場面などが撮影されていませんでした。
2014年6月24日、宇都宮地検は、勝又さんを女児殺人罪で起訴しました。
殺人罪で起訴されたのち、「自分はやっていない」無実であることを訴えるため、国選で弁護人を依頼します。
弁護人は、冤罪の可能性があるとして他2名、合計3名で勝又さんの弁護をすることになりました。
2016年2月29日に宇都宮地裁で初公判が開かれ、勝又さんは、「殺していません」と明確に無罪を主張しました。
裁判では、物的証拠がない中、勝又さんが、2014年6月に自白するなどして作成された5通の供述調書が最大の争点とされ、公判では、検事の取調べに勝又さんが、詳細に犯行を自白する映像もモニターで再生されました。
自供について勝又さんは、「パニックになり調書にサインした」と証言しました。
2016年4月8日、宇都宮地裁(松原里美裁判長)で判決公判が開かれ、求刑どおり無期懲役が言い渡されました。
また、この裁判に関わった裁判員は、映像がなければ有罪心証を持てなかったなど、証拠が脆弱であり、取調べ映像が決め手になったことが述べられている。
一審判決後、弁護団は、冤罪の疑いがあるとして、国民救援会に支援を要請し、冤罪事件に有力な弁護士が多数合流し、二審に向けて準備が進められた。
二審では、7つの状況証拠が争点に設定され、いずれも弁護団の主張が認められた。
しかし、2018年8月3日 東京高裁(藤井敏明裁判長)で控訴審の判決公判が開かれ、藤井敏明裁判長は、取調べの録音録画映像で事実認定した違法性や、殺害の日時場所の事実誤認を指摘して一審判決を破棄したが、「状況証拠を総合すれば犯人であると認められる」などとし、訴因変更を行うことで、自白の矛盾点であった殺害方法・殺害場所・殺害日時を棚上げにし、多義的に取れる手紙の証拠価値を嵩上げし、一審同様、無期懲役を言い渡しました。
2020年3月4日、最高裁第二小法廷(三浦守裁判長)は、上告棄却を決定しました。
勝又さんの無期懲役が確定しました。
同決定は、職権による判示はなされませんでした。
刑が確定し、勝又さんは、刑務所に収容されました。
現在は、千葉刑務所に服役しています。
勝又さんは冤罪を訴えており、現在再審に向けて準備を進めています。
2005年12月1日 栃木県今市市で女児の捜索が開始される。
2005年12月2日 茨城県内の山林で女児が遺体で発見される。
2014年1月29日 勝又さんが商標法違反で逮捕される。
2014年2月18日 勝又さんが商標法違反で起訴される。
2014年6月3日 勝又さんが女児殺害容疑で逮捕される。
2014年6月24日 勝又さんが女児殺害容疑で起訴される。
2016年4月8日 宇都宮地裁で無期懲役の有罪判決が言い渡される。
2018年8月3日 東京高裁で無期懲役の有罪判決が言い渡される。
2020年3月4日 最高裁が上告棄却決定。勝又さんの無期懲役が確定。
弁護団の主張 | 検察側の主張 | 高裁の判断 | |
自白の 信用性 |
林道で殺害したとの自白は虚偽。現場に大量の血痕がないなど状況があわない 「10回刺した、6〜7秒だった」との供述通りの殺害は不可能 |
遺体に相当量の血が付くなど、自白と遺体や現場の状況に矛盾はない 遺体の状況から、鋭利な刃物で短時間で刺すことはできる |
殺害日時、場所は虚偽 犯人であることを認めた部分は信用できる |
自白の 任意性 |
起訴勾留中に行われた殺人容疑の取り調べは違法 長期間に及ぶ身柄拘束があり任意性を欠く |
起訴勾留中の余罪取り調べは許容されている 取り調べは任意で行われ、違法性がないことは明白 |
起訴勾留中に行われた殺人容疑の一部取り調べは違法 自白調書は違法な余罪取り調べで作成されたとは認められない |
録音 録画映像 |
一審は実質証拠として用いて犯罪事実を認定しており違法 | 一審判決が事実認定した証拠は自白調書であり、録音・録画ではない | 一審判決で映像を用いて事実認定したことは違法 |
状況証拠 |
いずれの客観的事実を積み上げても勝又さんを犯人とは推認できない 手紙の記載内容だけでは殺人を自認しているとは言えない |
自白を除いても、母親への手紙などの客観的事実から犯人性を認定できる 母親に宛てた手紙は殺人を謝罪していると読み取れる |
間接事実を総合すれば、犯人だと認められる 実母にあてた手紙の内容は殺人を謝罪したいと考えて作成した |